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法令のご紹介

12月 23 2009

「管理監督者」について

1.はじめに
  昨年、日本マクドナルド事件(東京地判平20・1・28労判953・10)において、ファーストフードの店長の管理監督者性を否定した判決が下され、この問題が一時期話題となりました(いわゆる「名ばかり管理職」の問題)。「管理監督者」とは、企業側(使用者側)から見れば、残業手当を支払う必要のない管理職ということになりますが、この概念・定義について正確に把握しておかないと、企業内において無用の紛争を招きかねません。かつて私自身が扱った事件でも、相手方当事者であった原告が、この管理監督者に該当するかどうかが争点となり、数年に亘る訴訟となったものがありました(最終的に和解により解決)。そこで、企業としては、いま一度、この「管理監督者」について、知識を整理しておく必要性は高いと思います。
  以下、条文、行政解釈・通達及び裁判例について検討したうえで、この問題についての個人的見解を述べたいと思います(以下は「愛知経協」2009年2月号の私の原稿に加筆したものとなります。)。

2.条文(労基法第41条)
  この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
  一 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
  二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
  三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

 

3.行政解釈・通達(要約)
 (1) 管理監督者の範囲(昭22・9・13発基17号、昭63・3・14基発150号)
    労基法第41条第1号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般には部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であるが、名称にとらわれず、その職務と職責、勤務態様、待遇など実態に即して判断すべきである。
 (2) 深夜労働に関する規定との関係(昭63・3・14基発150号、平11・3・31基発168号)
    労基法第41条は、第4章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日の規定を適用除外としているものであり、深夜業の関係規定は適用が排除されるものではない。したがって、本条により労働時間等の適用除外を受ける者であっても、第37条に定める時間帯に労働させる場合には、深夜業の割増賃金を支払わねばならない。ただし、労働協約、就業規則その他によって深夜業の割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合には、別に深夜業の割増賃金を支払う必要はない。
 (3) 管理監督者の範囲の適正化について(平20・4・1基監発0401001号)
    近年、以上のような点(上記?を指す)を十分理解しないまま、企業内におけるいわゆる「管理職」について、十分な権限、相応の待遇等を与えていないにもかかわらず、管理監督者として取り扱っている例もみられ、中には労働時間等が適切に管理されず、割増賃金の支払や過重労働による健康障害防止等に関し労基法等に照らして著しく不適切な事案もみられ、社会的関心も高くなっている。労働基準監督機関としては、管理監督者の取扱いについて問題が認められるおそれのある事案については、適切な監督指導を実施するなど、管理監督者の範囲の適正化について遺憾なきを期されたい。
    ※ 詳細→こちら(PDF)
 (4) 多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(平20・9・9基発0909001号)
    多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗の店長等について、十分な権限、相応の待遇等が与えられていないにもかかわらず管理監督者として取り扱われるなど不適切な事案もみられることから、その範囲の適正化を図られたい。
    ※ この通達は、上記?で示された管理監督者についての基本的な判断基準の枠内で、店舗における特徴的な管理監督者の判断要素を整理したものであり、基本的な判断基準を変更したり、緩めたりするものではない。
    ※ 詳細→こちら(PDF)

 

4.裁判例
 (1) 否定例
    管理監督者該当性が争われた裁判例においては、行政解釈とほぼ同一の厳しい判断基準が採用され、問題とされる役職者の管理監督者該当性が否定されるケースが大半です。判例集に掲載されている否定例としては、静岡銀行割増賃金等請求事件(静岡地判昭53・3・28労民集29・3・273)、サンド時間外手当等請求事件(大阪地判昭58・7・12労判414・63)、ケー・アンド・エル賃金請求事件(東京地判昭59・5・29労判431・57)、ファミリーレストラン「ビュッフェ」割増賃金請求事件(大阪地判昭61・7・30労判481・51)、京都福田時間外賃金請求事件(大阪高判平1・2・21労判538・63)、三栄珈琲時間外割増賃金請求事件(大阪地判平3・2・26労判586・80)、粥榮自動車事件(京都地判平4・2・4労判606・24)、国民金融公庫業務役時間外手当請求事件(東京地判平7・9・25労判683・30)、PE&HR事件(東京地判平18・11・10労経速1956号)等を挙げることができます。
 (2) 日本マクドナルド事件(否定例の一つ)
    冒頭で述べた日本マクドナルド事件判決も、厳格な基準により、店長の管理監督者該当性が否定されています(なお、本事件は、日本マクドナルド社が東京高裁に控訴しましたが、平成21年3月18日、和解により終了しています。)。日本マクドナルド事件判決の規範部分を簡単にまとめると、次のとおりです。
    「管理監督者については、労働基準法の労働時間等に関する規定は適用されないが(同法41条2号)、これは、管理監督者は、企業経営上の必要から、経営者との一体的な立場において、同法所定の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与され、また、賃金等の待遇やその勤務態様において、他の一般労働者に比べて優遇措置が取られているので、労働時間等に関する規定の適用を除外されても、上記の基本原則に反するような事態が避けられ、当該労働者の保護に欠けるところがないという趣旨によるものであると解される。
    したがって、原告が管理監督者に当たるといえるためには、店長の名称だけでなく、実質的に以上の法の趣旨を充足するような立場にあると認められるものでなければならず、具体的には、①職務内容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか、②その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か、③給与(基本給、役付手当等)及び一時金において、管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸点から判断すべきであるといえる。」

 (3) 付加金について
    なお、管理監督者該当性が争われた裁判例では、使用者に対し付加金の支払いを命じるものも少なくありません。日本マクドナルド事件の一審判決では、5割の限度で付加金の支払いが命じられています。
 (4) 肯定例
    一方、裁判において、管理監督者該当性が肯定されたケースは、極めて少ないです。判例集に掲載されているものは数件程度しか見当たりません。すなわち、徳洲会割増賃金請求事件(大阪地判昭62・3・31労判497・65)、日本プレジデントクラブ割増賃金請求事件(東京地判昭63・4・27労判517・18)、日本ファースト証券事件(大阪地判20・2・8労経速1998)のほか、数件程度しか見当たりません。

 

5.個人的見解
 (1) 総説
    管理監督者の捉え方は、企業実務と行政通達・裁判例とで、乖離しております。すなわち、企業実務においては、係長・課長以上を管理監督者として扱っているケースも少なくないと思いますが、一方で、行政通達・裁判例においては、「経営者と一体的な立場にあるもの」などとして、非常に厳格に捉えております。
    ただ、一方で、かつての行政通達の中には、都市銀行本店の課長クラス以上は管理監督者として扱ってよいとするものもありますし(昭52・2・28基発104・2)、裁判例においても必ずしも統一的な判断基準が用いられているわけではなく、法律の文言自体の曖昧さもあって、当該労働者について管理監督者か否かを明確に判断できないことも多いかと思います。日本マクドナルド事件も、高裁において和解で終了したことから、最高裁による統一的な判断基準の提示もなされていない状況にあります。
 (2) 問題点1(萎縮効果)
    上記のような非常に曖昧な概念・定義しか存在しない状況では、企業としては、萎縮してしまい、労働者を管理監督者として扱うことに躊躇し、本来ならば管理監督者として扱ってよいはずの重役に対してまで、厳格な時間管理をすることを余儀なくされる恐れがあります。しかし、これでは、モバイルワークの拡大等により労働時間と非労働時間の境界がなくなっている現代において、労働者に裁量性のある多様な働き方、柔軟な勤務時間を付与することは困難となってしまい、企業にとってみれば、生産性の向上、労働者の労働意欲の導出を図ることが困難となってしまいます。
 (3) 問題点2(自由裁量性についての評価)
    過去の裁判例を見ていると、労働時間の自由裁量性の有無を、管理監督者の判断要素としているものが少なくありません。そして、その判断においては、会社の取決め等の形式的な観点から判断するのではなく、実際の業務量等を踏まえて、実質的に自由であったか否かにより判断しています。
しかし、今日、重役出勤が認められる時代ではなく、管理職の人も、会社から管理されるというより、自己の職責を果たすために部下の出退勤に合わせて勤務せざるをえないのであって、労働時間の自由裁量性の有無を重視しすぎることには問題があると思います。そもそも、経営者と一体的な立場にあり労働時間規制の枠を超えて活動することを要請されてもやむを得ないような重要な職務を行う者であれば、ある程度労働時間が長くなるのは当然であり、多忙であったから労働時間の自由裁量性がなかったと判断する裁判例の傾向には、疑問も感じます。
 (4) 企業として採りうる対応
    いずれにしても、企業側(使用者側)としては、行政解釈・裁判例ともに管理監督者につき厳格な解釈が採られているもとでは、場合によっては就業規則等の見直しも必要になってくるかと思います。少なくとも、管理監督者とされている者については、その責任・役職に応じた十分な厚遇が保障されているか確認する必要があると思います。
    そして、そもそも管理監督者とされている者から訴訟を起こされないように、職場環境の整備(昇進・昇給の道の確保、納得しうる賃金体系の確立、労働者の健康面への配慮等)に万全を期することが重要になってくると思います。というのも、管理監督者とされる者が訴訟を起こすケースは、現時点以上の昇進・昇給が困難であると判断し、出世を断念(場合によっては退職)したケースが少なくないと考えられるからです。日本マクドナルド事件の場合も、店長以上の出世が期待できないことに紛争の背景があるとも言えます。逆に、多くの企業では係長・課長も管理監督者として扱われているのに、実際に訴訟を起こす者は少ない理由は、一応出世の道が確保されているという点にあるとも言えます。すなわち、課長にとどまらず、将来的に、部長、支店長などと昇進し、それに連れ昇給していく展望を抱けるような職場環境が確保できているのであれば、従業員としては、あえて訴訟を起こしてまで企業を敵に回すという発想は出てこないと思います。
    したがって、コンプライアンスの観点からだけでなく、無用な労使紛争の発生を防ぐという観点からも、上記のような適正な職場環境を確保することは、企業にとって非常に重要なことかと思います。

6月 15 2009

裁判員制度

 すでに平成16年5月21日に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立していたのですが、ついに平成21年5月21日から、裁判員制度が始まりました。裁判員制度とは、簡単に言うと、国民が裁判員として刑事裁判に参加し、被告人が有罪かどうか、有罪の場合どのような刑にするかを、裁判官と一緒に決める制度です。国民が刑事裁判に参加することにより、裁判を身近で分かりやすいものとし、司法に対する国民の信頼を向上させることを目的として制度化されたものです。
 このように市民が裁判に参加する制度は、形の違いはありますが、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア等欧米諸国でも採用されています。しかし、「大岡越前」や「遠山の金さん」といったような人気時代劇があることからも分かるように、我が国では、昔から「おかみ」から権威ある判断を受けるというシステムに慣れてしまっており、また、司法に対する信頼は他の国と比較しても高いものがあると思います。このような我が国において、市民参加型の刑事司法制度が本当に根付くかは、私個人としては疑問を感じる部分もないではないですが、裁判員制度が制度化された趣旨を尊重し、時間をかけて徐々に浸透させて行き、運用も適宜改善して行くのであれば、我が国に合った独自の市民参加型司法制度が実現できるのではないかと思います。


 以下、簡単ではありますが、裁判員制度の概要を説明します。

1.裁判員制度の対象事件
  裁判員制度は、どのような刑事事件でも対象となるわけではなく、一定の重大な事件に限定されております(例:殺人、強盗致死傷、傷害致死、危険運転致死、現住建造物等放火、身の代金目的誘拐、保護責任者遺棄致死)。

2.裁判員の選ばれ方
 (1) 前年の秋頃~裁判員候補者名簿の作成
    各地方裁判所ごとに、管内の市町村の選挙管理委員会がくじで選んで作成した名簿に基づき、翌年の裁判員候補者名簿が作成されます。
 (2) 前年11月頃~候補者への通知
    裁判員候補者名簿に記載されたことが通知されます。この段階ではすぐに裁判所へ行く必要はありません。また、就職禁止事由や客観的な辞退事由に該当しているかどうかなどをたずねる調査票が送付されます。調査票を返送し、明らかに裁判員になることができない人や、1年を通じて辞退事由が認められる人は、裁判所に呼ばれることはありません。
 (3) 候補者の選考
    事件ごとに裁判員候補者名簿の中から、くじで裁判員候補者が選ばれます。
 (4) 原則として裁判の6週間前まで~呼出状の送付
    くじで選ばれた裁判員候補者に質問票を同封した選任手続期日の知らせ(呼出状)が送られます。裁判の日数が3日以内の事件(裁判員裁判対象事件の約7割)では、1事件あたり50人程度の裁判員候補者に知らせ(呼出状)が送られる予定です。質問票を返送し、辞退が認められる場合には、呼出しが取り消されますので、裁判所へ行く必要はありません。
 (5) 裁判の当日~選任手続期日
    裁判員候補者のうち、辞退を希望しなかったり、質問票の記載のみからでは辞退が認められなかった人は、選任手続の当日、裁判所へ行くことになります。候補者は、裁判長から、不公平な裁判をするおそれの有無、辞退希望の有無・理由などについて質問をされます。候補者のプライバシーを保護するため、この手続は非公開となっています。
 (6) 6人の裁判員を選任
    最終的に事件ごとに裁判員6人が選ばれます(必要な場合は補充裁判員も選任されます。)。通常であれば午前中に選任手続は終了し、午後から審理が始まることになります。

3.裁判員の仕事
  裁判員に選ばれたら、次のような仕事をすることになります。
 (1) 公判への立会い
    裁判員に選ばれたら、裁判官と一緒に、刑事事件の法廷(公判)に立ち会い、判決まで関与することになります。公判は、連続して開かれます。公判では、証拠書類を取り調べるほか、証人や被告人に対する質問が行われます。裁判員から、証人等に質問することもできます。
 (2) 評議・評決
    証拠を全て調べたら、今度は、事実を認定し、被告人が有罪か無罪か、有罪だとしたらどんな刑にするべきかを、裁判官と一緒に議論し(評議)、決定する(評決)ことになります。評議を尽くしても、意見の全員一致が得られなかったとき、評決は、多数決により行われます。ただし、裁判員だけによる意見では、被告人に不利な判断(被告人が有罪か無罪かの評決の場面では、有罪の判断)をすることはできず、裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要です。有罪か無罪か、有罪の場合の刑に関する裁判員の意見は、裁判官と同じ重みを持ちます。
 (3) 判決宣告
    評決内容が決まると、法廷で裁判長が判決を宣告することになります。裁判員としての役割は、判決の宣告により終了することになります。

 以上が裁判員制度の概要です。この制度の趣旨を実現するためには、国民自身が主体的に制度内容について理解し、積極的に参加し、制度に改善すべき点があれば指摘して改善していくことが必要であると思います。

 

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